ウェイウェイさん IN 「上海」
「マネージャーは見た! いつものウェイウェイさん」
第560回 ウェイウェイさん IN 「上海」
みなさま!
怒涛の6月を過ごしているウェイウェイさんです。
あのバイタリティというかエネルギーというか体力というか、いつも書いていますが、本当にびっくりです。
はい、先週の書き出しと同じです(笑)。
というのも、現在ウェイウェイさんは、コメントにもあるように、8月に実施される「香港ドリーム80」の打ち合わせや準備のために、上海に戻っています。
ついこのまえアメリカに行ってきたばかりなのに、今週は上海。
まぁ、ウェイウェイさんいわく
「上海は、茨城に行くのとほぼ変わらないので〜〜〜」
ということになるのですが、なぜ「茨城」なのかは不明です(爆)。
――
私の初の上海は、マネージャーになったばかりの2009年でした。
それまで何度か香港には行ったことがありましたが、上海は初めてで、かなり「びっくり」することが多かった思い出です。
「上海万博(2010年開催)で、上海は大きく変わった」と言われていますが、実際その通りで、その頃の上海は、日々変わっていて、よくウェイウェイさんが言っていました。
「上海生まれの私が、日本の空港でガイドブックを買っていました〜(笑)」
ウェイウェイさんに案内されて、いろいろな場所に行ったのですが、タクシーに乗って移動中も、ウェイウェイさんが
「ここは、〇〇という場所で、コンサート会場が・・・・・・無い!!!」
「ここは、私がこどものころ通っていた学校で・・・・無い!!!」
「このあと、〇〇というレストランに行きましょう・・・・・無い!!!」
といった具合に、ウェイウェイさんの「思い出の場所」が、ことごとく別の建物になっていて、本当にウェイウェイさんにとっても「ガイドブックがないと分からない〜〜!」という状態でした。
2009年に私が上海に同行した理由は、「二胡サミット」のためでした。
ウェイウェイさんの恩師である「王永徳先生」が上海の主催。
兄弟子にあたり、現在九州全域を中心に活動している「劉福君」さんが福岡の主催。
そして、ウェイウェイさんが東京を主催して実施された「二胡サミット」。
その頃の私は、まだマネージャーになったばかりで、二胡のことをほとんど分からず、「目から鱗」状態でした。
まして、初の上海での現場ということもあり、当然中国語も全くわからないので、私はただ、ウェイウェイさんの後を追いかけているだけのような状態でした(汗)。
一番印象に残っているのは、(今から思うと、本当に赤面してしまうのですが)上海でのコンサート終了後に私が
「皆さん、すごく上手ですね!」
というと、ウェイウェイさんが
「当たり前です!
今日の出演者は、中国14億人のトッププレイヤーばかりです!」
と、まぁ、今だったら「なに、馬鹿なこと言っているの!」と怒られそうな話ですが、その当時は優しい口調で言われました(爆・爆)。
ーー
コロナ前までは、ほぼ毎年のように上海に行っていました。
変化していく上海を、私も経験しました。
初上海の時の印象が、とにかく強烈だったので、その時の街並みが変わっていくことに少し寂しさを感じたりもしていましたが、きっと、ウェイウェイさんにとっては、もっといろいろと複雑な気持ちなのだと思います。
それにしても、「二胡サミット」。
2009年とは、違う形になると思いますが、もしかしたら、来年あたり計画されるかもしれませんよ〜〜〜。
(2024.6.26)


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