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2011年1月17日 (月)

第22回 「特別寄稿」

「マネージャーは見た! いつものWeiWeiさん」
第22回「特別寄稿」

今回の「マネージャーは見た! いつものWeiWeiさん」は、いつもと少し違います。

冒頭にあるように、間もなく「来日20周年記念コンサート」の詳細が発表になります。
実は、そのコンサートのフライヤー(チラシの事です。いつから「フライヤー」って呼ぶようになったんでしょうね?!・笑)に、音楽評論家の天山透氏に原稿をお願いしたのですが、その文章をいち早くみなさんにお届けしようと思います。

天山氏は二胡音楽をこよなく愛し、WeiWeiさんの音楽をとても高く評価してくれている方です。
とても素晴らしい文章を頂いたので、WeiWeiさんの音楽を愛するみなさんに、まず読んでいただきたいと思います。

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1973年、中国・上海。
文化大革命の嵐が吹き荒れる中、5歳の少女は部屋のカーテンを二重に引き、音が外に漏れないようにヴァイオリンの練習をしていた。
敵性楽器であるヴァイオリンを練習しているところを発見されたら、大変な事になる。だから、万が一発見された時の事を考えて、練習する曲は毛沢東主席の讃歌。
その少女は、1978年、文化大革命が終焉を迎えた後、小学3年生の時に、上海音楽学院(日本の東京芸術大学にあたる音楽学校の最高学府)付属小学校のヴァイオリン課第1期生となる。
その後、15歳の時に中国の伝統楽器である二胡の奥深い音色に魅了され、ヴァイオリンと二胡の両方を勉強出来る上海戯曲学校に移り、双方を首席で卒業した。

少女の名前は巫謝慧(ウ・シャエ)。
現在日本を舞台に活躍する二胡プレイヤーのWeiWei Wuu(ウェイウェイ・ウー)だ。
そんな彼女の半生は、日本に生まれ育った私には想像もつかないような出来事の連続だった事だろう。

学校を卒業し、そのまま中国に留まれば、演奏家(国家公務員)として保証されたはずの人生を放棄し来日した。
今でこそずいぶん緩和されたが、当時の中国では、国外渡航の許可を得る事は至難の業だった。にもかかわらず、持ち前の粘り強さで許可を取り付け、無謀にも単身日本に渡り、苦労しながら日本語を勉強し、伝統楽器である二胡をクラシックやジャズ、ポップスやロックに持ち込み、さらに本来座って弾く二胡を立って演奏するスタイルを確立し、今なお更に「二胡の可能性」を追求し続けている。

今年は、WeiWei Wuuの来日20周年のアニバーサリー・イヤーだ。
渋谷に完成して間もない「渋谷区文化総合センター大和田 伝承ホール」で、二日間に亘り実施されるコンサートは、そんなWeiWei Wuuの半生を振り返るコンサートになるとの事。
WeiWei Wuuのバリエーション豊かなメロディと、作品の背景にある思い出と、「もっとも女性の声に近い」と言われる二胡の哀愁漂う音色が織りなす世界は、観る人にとって、哀愁と郷愁を感じさせ、人の持つ「喜怒哀楽」という感性に直接語りかけて来る事だろう。
単なる「WeiWei Wuuの自叙伝」ではなく、良質な映画を観るような、小説を読むようなコンサートになるに違いない。
今から、一日千秋の思いでコンサートを観る日を待つ事になりそうだ。

2011年1月 天山透(音楽評論家)

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ますます20周年コンサートが楽しみになりますね!!
ご期待下さい。


 
♪♪♪♪♪♪
 

(2011.1.17)

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